そらいろくらげが浮き輪で海に浮いているイラスト

歌舞伎の舞台美術家による講演を聴く

国際基督教大学主催、「日本伝統芸能の世界 ─歌舞伎の舞台美術─」という公開講演会を聴いてきました。

内容は、国立劇場で長年伝統芸能の舞台美術を担当されていた三輪泉さんに、実際の道具帳をもとにお話を伺います。

このセミナーは授業の一環として行われておりますが、一般でも受講することができます。

舞台美術とは

舞台美術は、舞台装置、小道具、衣裳などの舞台上のデザインされたものの総称です。

舞台装置(大道具)は、演技する場の情景を表します。情景というのはときに写実ではなく心象風景をあらわすこともあり、抽象的な舞台になることもあります。
歌舞伎の場合は、ほとんど写実的な景色や建物が描かれています。

小道具は、役者が身に着ける持道具と家具や什器などの出道具があります。歌舞伎の小道具は、江戸時代からの本物を身につけたり、それらしく作られた本物っぽいものを使用しています。
衣裳は、その人物の時代・年齢・身分・性格などを表しています。使われる衣裳は長年に渡り積み上げてきた歌舞伎用の衣裳ですが、京都西陣で新しく製作されるものもあります。

舞台美術のデザインは、まず台本があり演出家がいてその演出意図に従ってデザインされていきます。それを大道具師・小道具師・衣裳製作者たちの手で形になります。そして、最終的には照明を当てることによって舞台上に美しく展観されます。

三輪さんのお仕事は、大道具をデザインされることです。小道具や衣装のデザインは滅多にしません。
小道具は小道具会社が作ったものを在庫として管理し、必要なときに持ち出します。衣裳も同じです。
ただ、新作だったり、出演者の寸法が変わると手直ししたり、全く新しく作り直します。

歌舞伎・文楽の大道具と舞台美術家

江戸時代の舞台美術は、狂言方が口立てや文字で表したものなどを参考に、大道具の棟梁が墨で書いていきます。
そして、その絵を元に大道具方により大道具の製作が進められていきます。

この墨で書かれた注文書のことを、大道具附け帳と言います。また、小道具は何を使うのかを書き留めたものを小道具附け帳と言います。同じく、衣裳に関したものを衣裳附け帳と言います。
この大道具附け帳が、今で言う道具帳になります。道具帳に書かれる寸法は、舞台の大きさの1/30、1/40、1/50の寸法で書かれることが多いのですが、歌舞伎の道具帳は主に1/50で書かれています。

道具帳については、こちらに詳しく載っていますのでご参照ください。
歌舞伎座舞台株式会社-道具帳ができるまで-

主な舞台美術家

歌舞伎界では日本橋の宮大工の息子である初代長谷川勘兵衛が、江戸初期の若衆歌舞伎全盛時代に大工職として独立。長谷川大道具として道具方の祖を築きます。そして、代々の長谷川勘兵衛一族により、工夫が重ねられてきました。

明治以降の著名な舞台美術家

  • 明治時代 :高橋勝蔵、山本芳翠(背景画家)
  • まだ舞台美術家は現れておらず、背景画家が舞台美術を手がけていました。

  • 大正時代 :田中良(画家・舞台美術家)、小村雪岱(こむらせったい・日本画家、版画家、挿絵画家、装幀家)、釘町久磨次、伊藤熹朔、松田種次、大塚克三
  • 大正時代末期から舞台美術家が関わるようになってきます。これは、明治時代に大劇場が海外の影響を受けてプロセニアム形式へと移行し、劇場構造や演劇形態が変化してきたのが一因です。
    油絵を研究した西洋画家たちによって背景画が描かれることも増え、舞台美術をデザインする舞台美術家が現れてきます。
    大正時代の舞台美術家は、などの手によって舞台美術が手がけられます。

  • 昭和 :金井俊一郎(金井大道具会長)、高根宏浩、長瀬直諒、長坂元弘、長倉稠(ながくらちょう)、伊藤熹朔の後継者である織田音也、中島八郎、古賀浩一、鳥居清忠(舞台美術家・日本画家)、鳥居清光(女性浮世絵師)
  • 現代 :金井勇一郎(現金井大道具社長)、中島正留、前田剛(松竹株式会社関西演劇部所属)、豊住ゆかり(国立劇場舞台美術課)、沼田朋(国立劇場舞台美術課)、朝(林に土・読み方不明)活子
  • 近年 :小貫春陽、後藤邦世(歌舞伎座舞台株式会社取締役)、村山和之(国立劇場舞台美術研究会)

最近は男性の絵師が減り、逆に女性の応募者が増えているようです。

歌舞伎・文楽の大道具の特徴

定式道具

舞台上には、三輪さんが1/40で書かれた『義経千本桜』川連法眼館の道具帳が映し出されています。
道具帳の図面にはパースが付けられており、手前には横一直線に屋台を飾る線となる定式線が書かれていいて、その部分は1/40になっています。
手前は1/40ので寸法が取られていますが、パースが付いている分奥に向かうにつれ小さくなっていきます。そこで、基準となる場所を決めて1/40で書きます。そして、その基準より手前にあるものを1/43、基準より奥のものを小さめにという感じで寸法を決めて書いていきます。

川連法眼館の装置は、上手と下手側に塀があり、中央上手側には桜の立木があり、造花の桜が打ち付けられています。
手前と奥には勾欄と呼ばれる手すり、そして正面の3段の階段、その奥には火灯形の出入り口である火灯口を設けてあります。

この一式は歌舞伎で決まっている形式、いわゆる定式と言われる一式で、天王建てと言います。

定式及び川連法眼館については下記のサイトに乗っているのでご参照ください。
歌舞伎への誘い〜「定式」の大道具〜

形・色彩


大道具の形や色彩は、江戸時代から日本の感覚で作り上げられていて、さらに演劇としての工夫や熟成が重ねられてきています。
形に関しては現代に至るまで基本的な部分は変わりませんが、明治に入って劇場がプロセニアム形式になり、間口が広くなったことで寸法などは変わってきています。

歌舞伎は、照明の色は基本的に生明かりです。そのため、仕上がりの色は大道具に描かれた色になります。

材料

材料は材木や布を用いて簡単に組み立てられるようになっていて、それを毎回新しく組み立てています。そして、興行が終わったら分解できるようにしています。
一度使った道具は部分部分を取っておいて、色を塗り替えたり別の形に作り変えることもあります。

これは、現代演劇でも変わらない部分ですね。

背景画


歌舞伎の舞台で描かれている背景画は日本画が基本になっているため、現代演劇と比べると平面的になっています。
この平面で描かれた背景画には、奥行きを感じさせるためにさまざまな工夫がされています。西洋画の油絵とは違う手法を使い、パースを付けて描かれることもあります。

時代物と世話物

歌舞伎の演目には、大きく分けて時代物と世話物に分類されます。

時代物は、江戸の庶民から見てもっと古い時代、室町や平安などの公家や武家社会が描かれています。様式美を追求した演技になっており、舞台もそれに合うように様式化されています。
歴史上の事件や人物を題材にすることもありますが、お上の監視が厳しくてそのまま使用ができなかったためあくまでも題材として人物の名前を変えて書かれています。

世話物は、江戸の庶民にとっての現代劇です。当時の町人社会、市井の話を中心に書かれています。時代物に対して、世話物は写実的です。例えば長屋の背景画の壁には汚しを掛けるなどしてより生活感を出すなどしています。
現代のテレビドラマのように、実際に起きた事件や噂話などを題材にしていたため、江戸庶民にとって親しみを感じる作品となっています。

一方、文楽は大阪の芸能のため歌舞伎に比べると若干写実的になっています。

約束事

歌舞伎の演目には、約束事が多く決められています。

舞台美術の約束事としては、ほとんどの演目は花道が下手側にあるため屋台がある場合は出入り口が下手側になっています。

転換の工夫

歌舞伎の転換は、居所代わりや盆廻しなど現代演劇にも通じる転換の仕掛けが使われています。
居所代わりとは、迫、田楽返し、煽り返し、がんどう返し、押し出し、引割りなどの仕掛けを用いて短時間で場面を転換することです。
盆廻しは、舞台を大きく円形に切って回転させる機構です。
大道具ごと動かすことができるので、速やかに舞台転換を行うことができます。また、観客の目の前で表裏に飾った装置を回すことにより、場面の変化を見せることができます。

盆廻しは、宝暦8(1758)年に大坂で演じられた並木正三の『三十石よふね始(よふねのはじまり』が最初とされています。

舞台上に現れる代表的な大道具の部品

  • 定式褄(じょうしきつま)
  • 舞台上に屋台を組んだとき、正面に対して直角に接続させた張物ことです。壁や欄干などがありますが、ふすまや障子が取り付けられることもあります。

  • 欄間
  • 勾欄(こうらん)
  • 手摺
  • 白緑(びゃくろく)
  • 縁側に置かれる石の段です。

  • 入れ歯
  • 階段の一種らしいのですが検索しても出てこず不明。

  • 白州梯子(しらすばしご)
  • 能舞台の正面にある三段の梯子です。

  • 華燈口(かとうぐち)
  • 火灯口とも書きます。茶室の出入り口形式の一つで、火灯の形をしており、方立てという垂直の部材を使わずアーチ状に塗り固めてあります。

  • 襖、障子
  • かがみ
  • 床の間の正面の壁のことです。

  • 上敷き
  • ゴザのことです。

  • 板敷き布
  • 木戸
  • 屋根
  • 手水鉢(ちょうずばち)
  • 神前、仏前で口をすすぎ、身を清めるための水を確保するための器のことです。

  • つくばい
  • 茶室に入る前に手を清めるために置かれ、趣を加えた手水鉢です。

  • 屋体(やたい)
  • 家屋などの建物の舞台装置のことです。

  • 遠見
  • 遠くの景色を描いた背景パネルのことです。

  • 藪畳(やぶたたみ)
  • 木の枠に葉竹をすきまなく取り付けたもので、笹藪に擬して用います。
    等々

屋体の床の高さ

  • 常足(1尺4寸)
  • 中足(2尺1寸)
  • 高足(2尺8寸)

舞台美術の仕事ー国立劇場美術係の場合ー

大道具を具現化するには、道具帳だけでなく平面図と寸法や色などを書き込んだ書き抜きが必要になります。
さらに、必要に応じて側面からの絵や細部を大きく描き起こした部品図なども必要になります。

道具帳は、実際の1/50、1/40の縮尺で、パースを付けて描かれます。
画材は水彩絵の具系を用いるのですが、国立劇場の美術係は日本画のチューブ絵の具を使用しています。

実際に道具帳を見せていただいたのですが、まるで美術作品のような美しさでした。細かいところまで非常に丁寧に描き込まれています。
ほとんどの部分が手書きですが、繰り返しの文様や部品になるところはパソコンで描いて出力しています。
道具によっては金色を使う場合もありますが、絵の具に金粉を混ぜて色を作っています。

平面図は、1/100で製図の要領で描かれます。実際にPC画面を見せてもらったところ、ソフトはVectorworksでした。
さらに、部品図が1/100で描かれます。国立劇場では大道具の頭領が受け持ちますが、基本的には舞台美術家が描くもので、さらに細部を大道具頭領が仕上げます。

実際のデザインに当たって

  1. まずは台本を読み込む
  2. 制作担当者との基本的な打ち合わせ
  3. 資料収集
  4. 座頭役者との打ち合わせ
  5. 打ち合わせには、道具帳または簡単な鉛筆スケッチの平面図を用います。

  6. 道具帳完成時に確認を取る
  7. 確認時に変更が出る場合もあるので、描き直します。

  8. 各部署との打ち合わせ
  9. 舞台監督、舞台操作係、照明、音響、大道具との打ち合わせを行います。なお、国立劇場には舞台監督係があり全ての自主公演を担当していますが、松竹の歌舞伎、国立劇場以前の文楽では舞台監督はおらず、歌舞伎は狂言作者が進行を担当していました。文楽は、大道具と機構操作係が進行を担当しました。

  10. 発注会議
  11. 初日20日前に、大道具、小道具、衣裳、照明、音響、制作、舞台美術家が集まって発注会議を行います。

  12. 道具調べ
  13. 初日3日前にできあがった小道具、大道具を並べて道具調べを行います。このときに、毎回不具合が1箇所か2箇所出るため、ここで修正を行います。

  14. 舞台稽古
  15. 初日2日前と1日前は舞台稽古を行います。この時点でも役者から注文が出ることもあり、修正を行います。

歌舞伎・文学といえども舞台になる場所のロケーション、時代考証、演劇としての変遷の考証などは必要です。
今後はまずまず江戸から遠のいていくので、これらは必要不可欠になります。

舞台美術と照明

歌舞伎では、照明は色を何も入れない生明かりを使用します。ただ、ちょっとここを暗くしたいというときに光量を落とすと、電球の特性上オレンジっぽくなってしまいます。そういうときには青いフィルターを入れることもあります。
ただ、役者さんは結構敏感な方が多く、ときには「あれいらない」とフィルターを指して言われることもあるそうです。

最近は舞台照明でもLED化が進んでいますが、実際にLEDで試したところ、白すぎてまったく使えませんでした。絵の具の色が立たないのです。
たしかに、白っぽい明かりと日本の色というのは相性的に難しいのかもしれません。ただ、最近になって電球色のLEDが登場してきたこともあり、そろそろ使えそうだということです。

締めくくり

講演最後の方には、三輪さんとセミナー主催の矢内さんとの対談形式で、裏話などを聞くことができました。
書ききれないので省略しますが、楽しんで描いていらっしゃるんだなと言う印象を受けました。

くらげはせっかく古典に強い照明会社にいたにも関わらず、触れる機会もなく退職したのですが、こうして歌舞伎の美術について触れることができてよかったです。

そして、現在の舞台の基礎となった歌舞伎についてもう少し勉強したいという気持ちと、歌舞伎の舞台を観てみたいという気持ちが大きくなりました。
歌舞伎は1人だと行くまでにハードル高いのですが、ぜひ行ってみようと思います。

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