そらいろくらげが浮き輪で海に浮いているイラスト

あのころ、日本中を駆けずり回っていた

くらげが今より5ミリほど小さかった、21歳頃のおはなし。

専門学校を卒業し、地元の印刷工場でのパートを経て上京。専門学校のときの先輩の紹介で、新しく立ち上がった子供向けの劇団で仕事をすることになりました。
ですが、ふたを開けてみるとあまりにも仕事が少なかったため、ラーメン屋でのバイトで食いつなぎながら、求人で見つけた子供向けの学校公演をしている劇団を受けました。職種はもちろん、役者ではなくスタッフです。担当業務は、運転と照明と音響と制作。ほぼ何でも屋さんです。

面接で受かった一週間後、いきなり二週間の九州巡業へと旅立つことになりました。
劇団が所有するのは、ハイエースとホーミー、そしてコースター2台。ちっちゃなくらげに与えられたのは、ハイエースのハイルーフロングタイプのMT車です。

イラストではきれいに見えますが、実際にはもっと汚れていて、バンにありがちな脇腹にえぐったあとがあります。
この車に3演目分の衣装ケース、小道具ケース、背景幕、背景パネル、鉄骨、照明機材、音響機材、和太鼓を積み、さらに5人の役者を乗せ、これからB班として全国を走り回ることになります。
実はこの劇団、公演料金を格安で請け負っているため、かなりめちゃくちゃなスケジュールを組むところでした。劇団の本部、そして大阪と福岡にあるワンルームマンションが移動の拠点です。よほど辺鄙なところでない限り、この3カ所から出発することになります。
とむ
ではここで、日本各地で、こんなことがあったよエピソードのご紹介。

役者が遅刻!16時の八戸発のフェリーに間に合うのか!?

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集合は、劇団に7時30分でした。が、一人の役者が40分以上遅刻。翌日は小樽での公演のため、16時の最終フェリーに乗らないと間に合いません。やきもきしながら遅れてきた役者を待ち、すぐに出発。
時間も時間のため、案の定東京料金所から首都高まで大渋滞。どんどん時間がなくなり、ロクに休憩も取らないまま130kmオーバーで東北道を八戸まで突っ走ります。
そして、何とか無事に乗船に間に合ったのでした。人間、やればできると思った瞬間です。

フェリーは豪華な船内で、ほとんど揺れることもなく休憩できました。そして、3時過ぎに苫小牧へ到着。そこからひたすら小樽まで走り、8時前に到着。
学校が開門するまでの間、しばらく近くの港に停めて休憩。しかし、暑くてろくに寝れず。

公演を終えて、市場で蟹を実家に送る。そのまま、函館へ移動。
旅館に着き、ジンギスカンを満喫。翌朝、役者たちは早起きして朝市に出かけていたけど、くらげはぎりぎりまで寝ていました。

函館で公演を終えたあとは、港で海鮮丼。そのまま、青森行きのフェリーに乗車。22時頃に到着し、そのまま劇団へとひた走って帰ったのでした。
夏の北海道は楽しかったなー。

深夜に着いたのに、旅館のおかみがライチをごちそうしてくれた

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この日は、秋田への移動日でした。役者たちの都合により、出発は午後になりました。16時過ぎ、待ち合わせの上野を出発。途中、秋田道のSAで比内地鶏の串焼きを食す。
旅館に着いたのは、深夜0時を回った頃。しかし、素泊まりにも関わらず女将は温かく迎えてくれて、ライチをごちそうしてくれたのでした。

ちなみに、そのとき泊まったのが秋田市内にある、えびすや旅館です。もう14年も前のことですが、ありがとうございました。

先生にだまされた!まだ東海北陸道が建設中!!

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この日は、岐阜の飛騨で午前と午後の二回公演でした。次の日は金沢で公演のため、金沢市内にあるペンションに泊まります。
この頃、北陸道と名神高速をつなぐ東海北陸道という高速が建設中で、そろそろ完成するかというときでした。学校の先生に確認したところ、ちょうど北陸道まで繋がったとのこと。これなら、さくっと北陸道に抜けて、金沢まで一直線です。

インターチェンジのあるところまで、ひたすら下道を日本海側へひた走ります。2時間以上走って、ようやく飛騨清見ICへ到着。よし、これなら夜までには着くはず。珍しくペンションに泊まれるので、全員テンションも上がっています。

ところが。
金沢方面、まだ工事中でした。先生ー。゜゜(´□`。)°゜。!!!

このときの絶望感といったらもう・・・。そして、力つきました。だって、これからまた名神まで戻って、米原から北陸道に入らないといけないのですよ。
ということで、運転手交代。男性陣は運転免許なしチームなので、役者の女の子が運転してくれることになりました。

名神高速方面は開通していたので、そのまま東海北陸道に乗って名神高速を目指します。途中、スピード出し過ぎで御用となる場面もありましたが、0時ごろに何とか無事に金沢のペンションに到着したのでした。
ああ、せっかくのペンションが・・・。
全線開通したのは、それから7年後の2008年です。

高速で自損事故

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鳥取での公演を夕方に終え、翌日は福島へ移動するため、徹夜で劇団へ帰還。次の日は他の班との合同公演のため、福島の旅館に一泊しました。
翌日、公演を終えて帰る昼下がりのこと。連日の疲れが溜まり、栃木に入ったところで睡魔が襲ってきました。あと、2kmで黒磯PA。よし、ここで休憩しよう。そう思った矢先、意識を失いました。
そして、衝撃を感じて意識を取り戻すと、ガードレールに車が激突し街灯が折れていました。

幸い、周りに車がいなかったため自損だけで済み、同乗していた役者も無事でした。車の傷は左側が凹んだだけだったため、警察の実況見分後、自走で帰ってくることができました。
破損させたガードレールおよび街灯、車の修理は劇団の保険で直せましたが、社長に心配されるどころかこっぴどく怒られたのでした。怒られた理由は、人の命預かっているからではなく、修理代が300万円も掛かったからという理由だったんです。

切ないねー。

午後の公演に間に合わない!!

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もともと、仕込みとバラシの時間が考えられていない、めちゃくちゃなスケジュールだったんです。
午前中は大阪で公演、午後は滋賀での公演です。公演後、さっさとバラし急いで滋賀の学校へ向かったものの、渋滞やらで開演時間に到着するという始末。

体育館では、くらげたちが到着するまでの間、生徒が歌ったり踊ったりして時間を繋いでいてくれました。
そのときに掛かっていたのは、しんごママのおはロック。

何とか仕込みと公演を終え、くらげを待っていたのは教育委員会の担当者による、きつ〜いお叱り。ただただ、謝るしかありませんでした。
学校を出て、劇団本部に連絡するも、「何でこんなスケジュールではできないことを言わなかったの?」と、スケジュールを組んだ本人に言われたのでした。

おはロックは、今でもトラウマです。
長くなりそうなので、以下次回を待て!!

第2回:あのころ、全国を駆けずり回っていた・その2
第3回:あのころ、全国を駆けずり回っていた・その3
第4回:旅で印象に残っている場所

Massage
  1. みかんうさぎ より:

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    うわっ、ハードですねぇ。
    高速の事故で怪我人が出なくてよかったですね。
    舞台の裏方業界の人たちって
    居眠り運転しちゃってヤバかったとか、
    スピード違反で罰金くらって免停とか、
    そんな話をけっこうよく聞きますけど、
    命かけてまであたふたと仕事しなきゃ
    回らないスケジュールなんて、
    最終的にロクな仕事の結果にならないことが
    多いですよね~(汗)。

  2. そらいろくらげ より:

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    みかんうさぎさん
    いらっしゃいませー。
    この劇団、格安で請け負っていたうえに社長がトンデモない人だったのでしわ寄せが現場に来ていました。
    本当に、事故でケガ人でなくて安心しましたよ。今思い出してもひやっとします。
    そこで社長がハードスケジュールを見直してくれて、楽になったとかそういうことは一切なく、事故を起こした方が悪いと言われただけでした。

  3. ゆうき より:

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    おお・・・なんとハードな事を・・・
    劇団の旅回りは厳しいスケジュールだとよく聞きますが、実際にこうして読んでみると恐ろしいですね。
    体力もたないですよぉ・・・
    事故、怪我がなくて良かったですね。

  4. そらいろくらげ より:

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    ゆうきさん
    いらっしゃいませー。
    くらげのいた劇団が極端だっただけです。経費削減のため、宿への宿泊はよほどでない限りとってもらえませんでしたから。
    宿への宿泊ができて、無茶なスケジュールを組まれなければ、仕事は早くて午前中に終わるので楽ですよ。
    こうして振り返ってみるとハードですが、その当時は非常に楽しかったです。

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