黄金町のクリエイター、イクタケマコト氏のアトリエを訪問

先日上演した『黄金町パフィー通り』という作品を通じて、初めて知ることとなった横浜の黄金町という町の歴史と、今現在。
かつて、ちょんの間の町と後ろ指を指され続けていた町は今、アートの町として生まれ変わっています。

ここで、黄金町の歴史について触れておきます。

黄金町について

黄金町は神奈川県横浜市中区にあり、かつては京浜急行の高架下に風俗店がずらりと並ぶ、売春の町として知れ渡っていました。
戦後、高架下にバラック小屋の飲食店が軒を連ねるようになり、やがて「ちょんの間」増えていき関東屈指の青線地帯と変貌していきます。それでも、当時はまだ100店舗程度しかありませんでしたが、阪神大震災で京浜急行が高架下の工事を行うために立ち退かせたところ、今度は周辺地域に拡散。最盛期には、270店舗にまで拡大します。

その後地域住民が立ち上がり、『風俗拡大防止協議会』を結成。行政や警察の協力の下で活動が行われ、警察による機動隊を投じた大規模な摘発が行われました。

その後全店が閉店するまでになり、横浜市と京浜急行の協力によりアートを活かした街づくりを推進。ちょんの間だった建物は改装され、バーや飲食店、アトリエへと変貌。
高架下にも文化芸術スタジオが建設されて、今に至ります。
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『黄金町パフィー通り』は、その一連の出来事を元に、黄金町で活動されている小説家の阿川大樹氏が書かれた作品です。そして、小説を元に同じく黄金町に拠点を構える『劇団!王子の実験室』の主宰である田口浩一郎氏が舞台化に向けてプロジェクトを立ち上げます。

そして、黄金町に拠点を構えるアーティストがプロジェクションマッピングや舞台美術、宣伝美術、イラスト、パフォーマンスビジュアルなどで参加。横浜界隈の演劇人も集まりました。
舞台は終わってしまいましたが、アーティストたちは今もここで活動しています。

突撃!アトリエ訪問

10月1日から11月1日まで、黄金町では黄金町バザールというアートフェスティバルが開催されています。黄金町という縁に釣られて再訪してみることにしました。
まずは、劇中に出てきた虎屋の羊羹の小さいやつを持って、イラストレーターのイクタケマコトさんのアトリエを訪問。

イクタケさんは、チラシのイラストを書いただけでなく、劇中にも出演されています。セリフはほぼありませんが、初出演とは言えないくらい馴染んでいました。
また、仕込みのときには誰だかわからないまま脚立持ってもらったりして、こき使っていました。そして、公演期間中は常にイラストを描かれていて、仕込み風景から休憩中の風景、さらには劇中のお話をもっと膨らませて描いた、その後のお話を一コマで描いて、公演後に貼り出していました。

イクタケさんは黄金町バザールには参加していませんが、期間中はアトリエを開放しています。床には人口芝生が敷かれ、壁には一面びっしりイラストが描かれています。イクタケさんが描かれたものだけでなく、訪問した方々のイラストも多くあります。
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くらげも、下の方にこっそりくらげ自画像を描いておきました。写真には撮っていないので、気になる方はイクタケさんのアトリエを訪れて探してください。

ドイツからのお客さん

しばらく話し込んでいると、外国人観光客の方々がやってきました。言葉は通じませんでしたが、ペンを差し出して壁を指差すと、親子がさっそくアトリエに入ってイラストを描いてくれました。同じく外国の方で日本語のできる方によると、この親子はドイツから来られたそうです。

おう、くらげドイツ語わかりません。

楽しそうに絵を描く子供たち。
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女の子が描いたキツネ。
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パパの描いたのは、靴。
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通訳さんによると、日本はどこでも靴を脱いで上がらないといけないため、常に靴のことを考えているからだそうです。なるほどーと、イクタケさんと思わず納得。男の子が描いたのもまた個性的でおもしろいのですが撮り忘れました。

言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれて、アートっていいなってしみじみ感じました。その後も、ずっとイクタケさんと話し込んでいたので、けっきょくバザールは見ていません。

イクタケマコトさんのサイト:イクタケマコトのHP
Blog:主夫ブログ
Twitter:@m_ikutake2

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