そらいろくらげが浮き輪で海に浮いているイラスト

そして上司ははるか遠くへと旅立っていった

かつて学習センターでくらげを育ててくれた上司が亡くなりました。
亡くなったのは、昨年11月のこと。ちょうど、バレエの本番の日でした。それから2ヶ月が経ち、故人の遺志によりようやくその死を奥様から知らされたのです。

上司は大きな劇場のチーフを引退後、忙しいくらげ学習センターにヘルプに来てくれていました。もともと二人体制のホールで舞台担当がいなかったため、上司の存在は本当にありがたいものでした。上司が来るまでは前任者の影響によりアクの強い利用者たちの言いなり状態でしたが、上司が少しづつ利用者の信頼を得ながらもこちらのやりやすいように変えていってくれたので、だいぶ楽になりました。

当時の音響担当が病を発症してからは上司が代務で入り、そして音響担当の死後はそのまま学習センターの舞台担当となりました。
くらげは専門学校は出ているものの、明かりの基本ができていないということで当時かなりしごかれました。怒られすぎてたまにカチンと来ることはあるけど、怒ったあとはすぐにいつもと変わらない態度で接してくれます。よくできた上司です。

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それからくらげは多目的ホールに異動してしまったため、結局上司と仕事できたのは1年半くらいです。でも、その後も何度か呼んでもらい、仕事の後は必ず二人で飲んで帰りました。

その後、二社目の会社を辞めてからはせっかく応援してくれていたのに1年で辞めたことに後ろめたさを感じてしまい、あまり顔を出さなくなります。しかし、ようやく決意して辞めたことを伝えると、非常にあっさりとした反応で拍子抜けしました。

学習センターはしばらくして他の会社が入ることになり、もう二度と学習センターで上司と仕事をすることはできなくなりました。
去年、会社の後輩と上司のいた劇場の方たちとで上司を囲む会を開催したのですが、そのとき上司は奥様の看病をしなくてはならないからという理由で会は中止に。しばらくしたら、落ち着くだろうから連絡してみようと思った矢先でした。

もしかしたら、その時すでに自分の病のことについてわかっていたのかもしれません。旧知の仲である方にだけ告げ、そして上司ははるか遠くへと旅立っていったのでした。
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奇しくも、亡き音響担当と同じ病で旅立ってしまった上司。音響担当の時は、日に日にやせこけていく姿を見ていたので亡くなったときのショックが大きかったのですが、上司は病気になってからの姿を見ていないのでまだ実感が湧きません。

電話したら出てくれるんじゃないか、ひょっこりと「元気か?」って電話かけてくれるんじゃないかと思ってしまいます。

最後に。
お疲れ様でした。一緒に仕事が出来たことを誇りに思います。どうかあちらでは飲み過ぎないようお気を付けてお過しください。

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